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秋田地方裁判所 昭和23年(行)2号 判決

原告

麓長

被告

秋田縣知事

"

主文

被告が原告に対し昭和二十二年五月三十一日附秋田い第三千六百九十四号買收令書を以つて爲した原告所有の秋田縣北秋田郡十二所町大字十二所字町頭三十二番の八畑九畝二十九歩に対する買收処分は之を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文と同旨

事実

原告訴訟代理人は請求の原因として、原告は秋田縣北秋田郡十二所町大字十二所字町頭三十二番の八に畑九畝二十九歩(買收令書記載の九畝二十八歩は誤り)を所有して居た所同町農地委員会は昭和二十二年三月三十一日同地を買收する計画を立て、秋田縣農地委員会は之を承認し、被告は同年五月三十一日附秋田い第三千六百九十四号買收令書(買收時期同年三月三十一日、買收價格金百五十七円四十四銭)に基き之を買收し、同令書は同年九月二十四日原告に送達された然し乍ら自作農創設特別措置法に依て政府の買收する土地は農地であつて小作地でなければならない、ところが本件土地は地目は畑地であるが実地は宅地であつて小作地でもない、即ち本件土地は訴外亡西島市五郞の單独所有地であつた前記十二所町町頭所在の九筆の土地を合筆し更に之を町頭三十二番の一乃至五に分筆したがその分筆の理由は右市五郞と原告先代外三名共同で当時温泉の権利者であつた瀧沢嘉吉外十三名の者から大瀧温泉発展の爲引湯権を獲得出來る見込が立つた爲で其の後右市五郞が原告に大正十四年十二月十八日右引湯権附の前記三十二番の四の土地を賣渡し、其の後原告が同地を三十二番の四と三十二番の八(本件土地)とに分筆したもので右引湯の箇所は本件土地内に存在して居る、以上の次第で本件土地は引揚権を利用する爲に買取つたもので決して地目通り畑地として耕作若くは他人に耕作させる意思で買受けたものではない、本件土地の東南隅には温泉が引湯されて居り其の隣地の右三十二番の四は現在宅地となり、斎藤リヱ鳴海米吉の各居住する住家が建築されて居り附近一帶は温泉営業の旅館があり驛にも近く北方は米代川に接し風光佳景の地であつて大瀧温泉將來の発展は此の地附近一帶を市街地にしなければならない四囲の状況にあり、地價も引湯権の存在と相まつて增大することは顯著な事実である尚本件土地は現在訴外美濃屋庄司が耕作して居るが原告は右庄司に本件土地を賃貸した事もなく又使用を承諾した事実もない、只同地が原告の住所から遠隔の地にあつた爲原告が右耕作に気付かなかつたもので右庄司の耕作は無断耕作である、又原告は農業大学出身で本件土地に軟化裁培を計画し昭和二十二年六月頃其の地目変更を十二所町農地委員会に提出してある、尚本件土地の買收に際して原告が異議訴願の手続を執らなかつたのは原告が同年三月二十日頃本件土地に対する買收の気配を感じて其の頃右十二所町農地委員会の自作代表委員畠山耕英に対し買收の有無を尋ねた所、同月十八日の委員会で買收は後廻しになつたから異議の必要はないと言はれたが、同年五月二十日同委員会から既に去る三月三十一日買收済の通知を受けたので直ちに秋田縣農地課の竹村主事に其の事実を照会した所同人から右農地委員会に連絡して買收から除外するとの言明を得其の後秋田縣農地課長同農地委員会副会長と右十二所町農地委員会委員数名竝に原告等が共同で本件土地の実地調査をした際町民の一部が莚旗を立て除外反対のビラを各所に貼る等不穩な態度を執つた爲か被告は同年九月二十四日本件土地に対する買收令書を原告に送付して來たので、その爲原告は異議訴願の機会を失したものである、以上の様な次第で結局本件土地は温泉を利用する宅地と見るべきで斯る土地を農地として買收したのは国家経済から言つても不適当であり且憲法第二十九條自作農創設特別措置法の精神にも悖る違法な処分であるから其の取消を求めるものであると陳述し

被告の主張事実中原告の本訴提起は異議、訴願を経ない不適法な訴であるとの抗弁に対し行政裁判所は既に廃止されて居り從て行政処分の取消を求める訴が異議訴願を経なければ提起出來ない根拠はなく本件訴は自作農創設特別措置法附則第七條に則り提出したもので不適法な訴ではないと述べた、

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として

本件訴は自作農創設特別措置法に依て農地の買收計画に対し異議及訴願を爲した後に提起すべきものであるのに拘らず其の手続を経ないで提起されたものであつて行政訴訟の本質的要件を欠く訴であるから不適法として却下さるべきのもであると述べ

更に本案に付き原告の請求を棄却するとの判決を求め原告の主張事実中原告の所有であつた本件土地を被告が昭和二十二年五月三十一日附買收令書(買收時期同年三月三十一日買收價格金百五十七円四十四銭)によつて買收し該買收令書は同年九月二十四日原告に送達された事実、同年七月二十六日被告側及原告等立会の上本件土地の実地調査を爲した事実、原告が農業大学出身者である事実は認める、本件土地が内実温泉を利用する宅地であつて之を買收した行政処分は憲法第二十九條竝に自作農創設特別措置法の精神に反する違法な処分であるとの点は認めない、其の他の原告主張事実は知らない、

本件土地は古くからの蔬菜畑であるが其の位置が大瀧温泉部落の住宅街の中にあつて一見宅地の裏畑の観を呈して居るが其の地続の表宅地の所有者或は占有者とは無関係の畑で宅地の延長とは見られない又本件土地は自作農創設特別措置法第五條第四号所定の都市計畫区域にも入つて居らず且又右大瀧温泉部落は人口、住宅共に增加率著しく本件土地も大正四年中住宅にする目的で買つたものが三十数年後の今日に至る迄農地として存続して居る位で原告の本件土地を蔬菜園にする希望を有し又原告の主張する本件土地に附属する引湯権も大正五年に之を取得し乍ら、之を附近の花岡旅館に利用させて居り同旅館は右権利の外二箇の引湯権を併用して漸やく温泉に必要な湯量を確保して居る状態であり且又同部落は蔬菜畑が少く本件土地も蔬菜畑に利用されて居る有様で近く宅地に変更することを相当とする土地とは認められない、又本件土地は昔から美濃屋庄司が耕作して居り明らかに不在地主の小作地である、原告は本件買收が憲法第二十九條及自作農創設特別措置法の精神に反するものであると主張するがそれは原告の旧憲法時代の所有権の観念に基く解釈であり正当ではない、又本件土地に附属すると謂う引湯権に付てはそれを三十数年間原告は他人に使用させて居て自ら使用したことはなく時効消滅したものとも見られるばかりでなく仮令それが存続するとしても該権判は他人が行使して利益を得て居る現状であるから、本件土地が買收されても他に之を讓渡若しくは賃貸して代償を得る途があるので本件買收に際し、其の引湯権に考慮を拂はなかつたことを以て、本件買收が不当化する理由はない結局本件土地の買收は国土利用の国家的見地から愼重な調査研究の末農地として買收したもので原告の請求は理由がないから棄却さるべきものであると述べた、

証拠

原告訴訟代理人は甲第一号証乃至第六号証を提出し証人美濃屋庄司同竹村順二同阿部光雄同綠川大二郞同藤島岩雄の訊問を求め且檢証の結果竝に本件記録に編綴してある五月十七日附鹽沢信之助発信の葉書の内容を援用し乙号各証の成立を認めた、

被告訴訟代理人は乙第一号証乃至第四号証を提出し檢証の結果を援用し甲号各証の成立を認めた、

理由

被告が昭和二十二年三月三十一日原告所有の本件土地畑(地目)九畝二十九歩を自作農創設特別措置法によつて買收し其の買收令書(同年五月三十一日附)は同年九月二十四日原告に送達されたこと竝に本件訴が異議訴願を経ないで提起されたことに付ては当事者間に爭のない所であるが、先づ被告の主張する本件訴が異議訴願を経ないで提起された不適法なものであるとの点に付て審査するに本訴請求は買收計畫の取消を求めるものではなく買收処分の取消を求めるものであることは本件記録によつて明かであるのみならず、自作農創設特別措置法に基く農地の買收の如く、買收計画と之に基く買收と順次段階的に行はるゝ行政処分にあつては買收計画に於ける不法性は其のまゝ買收行爲にも移行するものと謂うべきを以て原告は買收計画に於ける不法性をも有効に主張し得るものと解すべきであるから異議訴願を経ないで其の取消を求める本件訴の提起は何等違法ではなく被告の右抗弁は成立たない、よつて更に本訴の実体に付判断するに成立に爭のない甲第四号証(別件証人麓長の調書)竝に証人美濃屋庄司の証言及檢証の結果を綜合すれば本件土地は現在畑地であり大正四年頃から現在迄右美濃屋庄司が正当に小作して來たものであることが認められ、甲第四号証中右認定に反する部分は措信出來ない又他に右認定を覆すに足る証拠もない

然し乍ら成立に爭のない甲第二号証同第三号証(別件証人奈良熊太郞の調書)同第四号証(別件証人麓長の調書)同第六号証 証人藤島岩雄同綠川大二郞同阿部光雄同竹村順二の各証言及檢証の結果を綜合すれば本件土地は十二所町所在の俗称大瀧温泉部落の西端附近に在り原告の先代貞吉が大正四年頃同地に温泉を引いて宅地にする目的で其の所有権を取得し翌大正五年頃外四名の者と共同で訴外奈良熊太郞外十三名の者から同部落内に湧出する温泉の引湯権を獲得し其の頃右引湯権者共同で本件土地の東南隅迄引湯し他の二、三名の者は間もなく夫々の土地に旅館又は住宅を建て、其の引湯を利用したが右原告先代竝に原告は当初の目的を実現せずに現在に及んだもので其の間前記の通り美濃屋庄司が本件土地を小作して來たものであること(尚本件土地を原告が相続したのは昭和七年頃)更に本件土地の現況は畑であるが其の面積は一段歩にも満たず又被告も述べて居る如く、宅地の裏畑の感があり、其の西側には引湯権者の一人である訴外花岡久太郞経営の花岡と言う温泉旅館南側には僅少の空閑地利用の畑を経て鳴海米吉、斎藤リヱ各住居の二棟の建物があり其の前を大館町から毛馬内町を経て岩手縣に至る幅員三間の縣道が通り東側には本件土地と同じ位の広さの畑を経て温泉旅館や住宅の多数建竝ぶ大瀧温泉街に連り北側は排湯堰を隔て、米代川の岸に接し其の周囲の土地との間には高低其の他地形的差異はなく、且該地内には温泉が引いてあつてたやすく之を利用出來る状態にある更に本件土地と花輪線大瀧温泉驛との間は僅か二丁足らずで前記縣道に近接して居る点を併せて交通事情も極めて良く、同地の附近は右温泉街の中心地附近に比べて現在建物の密度は薄いが近年築造されたと思はれる建物も見受けられ、逐次密度が加はりつゝある事情が窺はれ、以上の状況からして近い將來同温泉街発展の可能性ある地帶は先づ右温泉街の中心から西方の本件土地を含む一帶の地を経て前記駅に至る間にあり一方原告の引湯権も現在相当の價格を有するものと認められる、乙第一号証乃至四号証記載中竝に証人藤島岩雄同阿部光雄の各証言中夫々右認定に反する部分は前記各証拠に照し措信出來ない、又他に右認定を覆するに足る証拠もない、結局以上認定の如くであるから本件土地は宅地に接する裏畑に過ぎないものと認むべきであるのみならず、客観的にも主観的にも且又國策上からするも、將來農地としてより温泉利用の宅地として使用するのがより効果的なりと認むべく自作農創設特別措置法第五條第五号に所謂近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であつて右法條の指定を爲すべき性質のものと言うべく、同法立法の精神に鑑みるも斯る土地を同法所定の農地として買收することは違法な処分と認めるを相当とする、よつて原告の請求は右の点で正当と認められるので之を容認し、爾余の点に対する判断を省略し、訴訟費用に付ては民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決するものである

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